感情のあいまいさ
人の気持ちというものはとてもあいまいなものだと思う。誰かが好きだとしてもたった一つの出来事や日常の変化によって好意を失ったり、逆に嫌いになることもあるのだから。また、人は矛盾した考えをここをの中で持っていることがある。いわゆる葛藤(コンフリクト)と言われるものだ。
今回はコンフリクトの中でも恋愛関係にフォーカスしていく。今までも性愛の在り方については述べてきたが今回は二つの心情に葛藤に注目する。
性愛の相手との関係
性愛の相手との関係としていろんな形があるが今回は二つを取り上げる。一つ目はセフレとしての関係。もう一つは推しとしての関係である。
セフレとしての関係
これはいわゆる体の関係がお互いのつながりの中に含まれている状態のことである。恋人と体の関係を持っている場合もこちらに含まれる。付き合っている人の中に一定数は恋人がいても性交しないのなら彼女ではないと考える人もいると思う。この意見は一理あると思う。性欲を満たす関係でなければ恋人はいないこととほぼ同義かもしれない。(偏見かもしれないが、こういう考えは男性に多い気がする。女性は体の関係よりも相手に好意を持っているかどうかで行為するか考えることも多いからだ)
推しとしての関係
前者のようなこともあるが、一方で恋人と性交することもなく、お互いに相手のことが好きという精神的なつながりだけのカップルも一定数は存在する。また、彼女に愛情をもっていても性交をしなかったり、できなかったりする人もいる。これは推しとの関係に似ているのかもと思った。もちろん、推しを性愛の対象としている人も多いと思うが推しに対して性的魅力以外の要素(性格や雰囲気、人柄など)にひかれている人も少なくはないと思う。自分もどちらかというと後者のほうであり、性的魅力もあるがそれ以外のほうがキャラを好きな理由につながりやすいと思うし、キャラに対して愛情は好意は持っている。むしろ、性的に魅力的なキャラなら他のキャラのほうが好みや趣味嗜好にあっているようなこともあると思う。つまり、推しは性欲の趣味嗜好とは別の軸である内面性などに惹かれる存在かも。
他にもさまざまな影響があると思うが、一旦物事を大きく単純化して抽象化してみるとセフレとしてか推しとしての関係のコンフリクトがあるのだと思う。
また、現代は自由恋愛の激化によって彼女がいるほうがまれであり、普通ではないようにもなってきている。結婚は不自由ではあるが多くの人に異性を分配するようにできているが、恋愛は自由ではあるが美女やイケメンによる独占や寡占が普通に起こる。
性愛の相手との関係は体の関係として持つのは精神的なつながりを持つよりも自発的な行動が必要になる。無料コンテンツに慣れている現代人は精神的なつながりのほうが楽だし選択するかもしれない。いずれにしても、性愛の関係は大きく変化していくと思う。
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