教育の落とし穴

悩み解決

教育という神話

現代において、教育はとても大切にされているものの一つだと思う。それは、日本だけでなくて世界においても同じようなことがいえると思う。貧しい人たちも学習のために子どもを大学に行かせようとするし、富裕層も子どものためにできるだけ賢い大学に行かせるために教育には多くのお金を投資している。しかし、投資されたお金で学ぶものは、数学や歴史、科学、物理など社会で生きていく中で多くの人は活用することがないものだ。いわゆる「教養」と言われるものだ。なのに、なぜ人々は大学に行かせたり、行こうとするのか。そして、大学に行った人を評価するのか。

※この記事を参考にして書きました。

大学教育に意味はあるのか? – 橘玲 公式BLOG (tachibana-akira.com)

教育は役に立つことを教えていない

主に小学校から大学までで教えている、歴史や数学などを学んでいる多くの学生たちはこのような疑問を持つ。「いったい、これらが社会に出て何の役に立つのか」。その答え大学なんかに行っても意味はない?ー教育反対の経済学の著者であるブライアン・カプランは「何の役にも立たない」と一蹴している。根拠としては多くのアメリカ人が歴史や数学、化学や物理などの理解できていなくて、学校がこれらの学問を教えているというよりも、ただ教えているだけというほうが正しい。

また、心理学で学士号を取得した人数よりもアメリカ国内で心理学者として働いている人数のほうが多くて、歴史学を収めた学生よりも歴史学者の人数のほうが少ない。このことから、教育と仕事は直結しないことがわかる。

また、学習転移と言われる専門分野を他の分野に移行することは難易度が高く、軍事の問題の解決法を医療に転用できるのかというので実際にできたのはは5人に1人であった。このようなことから、専門分野は自身の分野において能力を発揮できることわかる。これは統計の概念や方法論を学んだ学生が新聞や雑誌に書かれている日常的な出来事に優れた科学的な回答として認められたのは1%にも満たなかった。もちろん、教育によって批判的思考の結果が高くなるというデータは出ているが、あくまで教室内においてであり、問題は教室の外で向上した批判的思考を継続することはできないということである。

そして、学生は多くの人が授業で退屈にしていることが多い。「高校生エンゲージメント調査(The High School Survey of Student Engagement)」だと、高校生の66%が毎日の授業が退屈しており、17%は毎日すべてに授業で退屈している。そして授業が退屈ではないという生徒は2%だった。内容としては、82%が授業に関心がなくて、41%が授業内容が自分と関係ないからとこたえている。

例外はあるが、それは学生自身が勉強してタスクを積み上げた場合であり、それは教育の影響よりも本人の特性(遺伝や環境)の影響のほうが大きい。

大学は今では神聖視されていたり、大学の競争は苛烈しているが、それ自体がそもそも意味のないものなのかもしれない。

コメント

タイトルとURLをコピーしました